吉川徹『日本の分断:切り離される非大卒若者たち』を読んで

不思議な縁のある先輩研究者のお一人が,阪大の吉川徹先生である.先日も,最近著された『日本の分断:切り離される非大卒若者たち』(光文社新書)をご恵投いただいた.店頭に並ぶ前にいただき,4月下旬の共通の知人の結婚式の時には既に読んでしまっていたのだが,一緒に参列した娘の世話が忙しくて,お礼と感想を述べる時間も取れなかった.いわゆる専門書ではなく一般向けの本なので,書評ふうではなく,四方山話ふうに感想を書くことにしたい.

自分がコミットしている学会の懇親会に出ても,何十人もの参加者がいると,ちょっと挨拶したりちょっと立ち話をしたりするくらいがせいぜいで,なかなかじっくりとお話をすることはできないものである.

研究は,結果が全てということはなく,私は,発表で聞いた内容自体よりも,この人がどうしてそういう研究をしようと思ったのかとか,その研究を含めて,その人がどこに向かおうとしているのか,といったことにも関心を持つことが多い.しかし,そういった話は,なかなか限られた時間では聞くことができないものである.

『日本の分断』では,ふだんなかなかじっくりとお話しを聞くことができない吉川さんが,最近何を考えておられるのかが懇々と語られている.人柄もあちこちからにじみ出ている.全体を読んで,本書の内容はもちろんだが,吉川さんという方を,もっと知ることができたというのが感想である.

実は,1年半ほど前に,吉川さんと日中から一晩,二人で飲み明かしたことがある.その時も,こういうお話を聞くチャンスはあったのだと思うが,もっと私的で込み入った話となってしまい,本書で語られるようなお話はあまり聞かなかった(と思う…私が泥酔しすぎて記憶が定かでないという可能性はある).

ともあれ,本書は,吉川さんが,日本社会の何を憂いているのかを明らかにするために書かれているといってよい.社会階層論で第一線を走ってきた彼が,論文や学術書では語り得なかったことが,新書という媒体を用いたことによって,かなり率直に吐露されている.時折,あまりにナイーブな語りに,ちょっと格好つけすぎじゃないのかと思ったりするところもあるが,あまりうがった見方をする必要はないのかもしれないと,読み切って再認識したのだった.

ただ,どうしても「分断」と言わなければならないのか? 私にとっての「分断」のイメージは,グラノヴェターの「弱い紐帯」の話に出てくる,バラバラに存在する小集団のイメージである.また,スモールワールド・ネットワークの考え方からすれば,全く外部とのコンタクトを持たないのでなければ,非大卒の若者への配慮は,吉川さんの意に反して十分に認識されている可能性もあるようにも思われた.また,何かの折りに吉川さんに尋ねてみたいと思う.

 

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