共通教育科目「震災と社会」への思い

 今年度、共通教育科目(いわゆる一般教養)で「震災と社会」という講義を行います。現在、2人の震災体験者の方にもお越しいただくことをご快諾いただき、日程も定まりました。
 2004年10月の中越地震からはや5年半。そのころから何度も何度も現地に行き、いろいろな人から話を伺い、そして、地震の前と後とで都合2回の大規模調査を行い、他にもさまざまな調査を行ってきました。それらについて、そろそろまとめをしないといけないと思い、まずは講義をすることにして、自分自身が逃げられないようにし、どのような形になるかはわかりませんが、近いうちにそれをもとに単著にまとめたいという気持ちがあります。
 私が最初に被災地に入ったのは、すでに一冬越した2005年の7月でした。運良く4月に科研が当たったからですが、夏休み前までは授業などに追われて現地に入ることがままならず、ようやく7月に旧栃尾市役所(現長岡市栃尾支所)にインタビューに行きました。それからは、わりと足繁く現地に通うようになりました。数人の区長さんに話を半年おきくらいに聞きに行きました。
 なぜ、マスコミで取り上げられた山古志村や小千谷市や川口町ではないのか、なぜ栃尾市なのかというと、それは、たまたまですが、震災前の2002年に栃尾市で郵送調査を行っていたからです。被災地の1つであった栃尾市で震災前後の比較を行うことができるならば、それはこれまでにほとんどだれも取ることができなかったタイプのデータを取ることができるという期待があったからでした。
 そして、2006年に実際に、2002年に調査に協力していただいた方々に対して、もう1度調査をすることができ、本当に貴重なデータを手に入れることができました。
 しかし、分析は難航しました。まず、サンプル数があまり多くないので、あまり凝った分析はできません。比較的単純な分析を積み重ね、これは間違いなく言えそうだということに到達するまでにはかなり時間がかかりました。...意味がわからない人も多いと思いますが、統計分析というのは、サンプル数が多い方がよいことになっていて(あるいは前提となっていて)、逆にサンプル数が少ないと、ブレが大きくなって詳細な分析をすることが難しくなってしまうのです。 やっとの思いで、ようやく1つの論文をまとめたのが、2008年の秋でした(『社会学研究』所収)。
 ちょうど2008年秋から、私は信大にやってきて、演習科目で震災について取り上げたところ、多くの受講生があつまり、また、そのうちの数人と現地に視察に行くなどしました。さらにそのうちの1人は、今春、私とは違って旧山古志村でインタビューや調査票によってデータを取り卒論を書きあげました。うれしいことに、2008年の秋に視察に連れていった学生たちの多くは、翌年も当地の地区運動会や祭りに参加したり、上述の卒論生の研究を手伝って現地に調査票の回収に行ったりと、本当に優しくたくましく成長してくれました。ともかく、少なくとも社会学の学生にとっては、社会の激変というのは、興味関心をひく題材であったのだと思います。
 私自身にとっても、中越地震が起こるまで、数理社会学とかネットワーク分析といった、その見た目からして冷徹そうな感じのする領域で仕事をしてきたのが、一転して、もっとも泥臭い領域に足をつっこむことになりました。被災地は農村であり、農村社会学や村落社会学という領域では、これまでもっぱらインタビューなどの質的調査が行われてきました。その中に数理や計量を持ち込むことができるのか、という挑戦がありました。最初は、農村については本当に素人同然だったのですが、現場で知らないことを教えてもらいながら、少しずつ学んでいったというのが本当のところです。そのうちに、別に農村の仕組みや農村社会学特有の概念をある程度理解してしまえば、農村だって、計量分析に乗らないわけではないと思えるようになりました。むしろ、計量ならではの切れ味があって、それはそれなりの力を持っていると思うようになりました。
 私の場合には、震災をネットワークが急激に崩壊したところから始まり、それが次第に埋め合わされていくという過程と捉えて研究を行ってきました。そのような視点から震災を捉えていくことによって何が見えたかについてお話ししたいと思います。
 また、やろうと思えば中越地震だけでも1学期間講義することはできるかなと思ったのですが、社会学的に都市と農村との比較を行うという意味でも、阪神淡路との比較を行うことは重要だろうと考えました。私の実家も阪神淡路大震災で半壊の被害を受けたということもあります。私自身はその頃留学していたので、地震の揺れそのものの体験はしなかったのですが、その2ヶ月ほど後に春休みに一時帰国し、たいへんな様子を見て回りました。また、あの震災が我が身にどのような影響を与えたかについても自分なりに考えることはあります。ともあれ、都市と農村の単純比較ではありませんが、異なる場所で地震が起こると、どのようなことが問題となって現れるのかについては、違いがあるように思います。そういったことについても注意をしながら講義を進めたいと思います。
 私は、この講義を社会学の専門科目とはしませんでした。1年生でも取れる共通教育科目(いわゆる一般教養科目)としています。それは、学部というような枠を越えて、理科系の人には、地質学や土木工学や建築学といったこととは異なる視点から震災というものを捉えられるようになってほしいということ、そして、文化系の人には、震災というものを題材としながら、それぞれの学問の視点からそれについて考えられるようになってもらいたいということがあったからです。
 この科目は副題には、「社会学入門」という言葉が入っています。震災の話はもちろんですが、包括的にとはいかないものの、社会学のいろいろな領域について紹介するようにしたいと思います。
 最後に、たぶんこの科目は今年限りです。来年度以降何をするかは全く決めていませんが、もし繰り返しするとしても、震災をテーマにするのは再来年以降でしょう。同じことをやるのは白けますし。このようなテーマに関心がある人は、来年度にと思わずに、今年度取ってしまってください。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://rtsuji.jp/cp-bin/mt/mt-tb.cgi/121

コメントする

Powered by Movable Type 4.23-ja

Ryuhei_Tsuji twilog

fxwill.com

このブログ記事について

このページは、Ryuhei Tsujiが2010年4月 2日 01:55に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「2010年度の初めに」です。

次のブログ記事は「『隙間』vol.1を読んで」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。