7月25日(日),サントリーホールで行われた日本フィルの親子向けのコンサートである「第36回日本フィル夏休みコンサート」(14時開演の部)に行ってきた.
これを演奏そのものについて,また,社会(学)的な観点から述べてみたい.

まず,すごいなと思ったのは,サントリーホールがほぼ満席だったことである.このチケットを押さえたのは妻だったが,昨年は少し遅れたら満席で取れなかったとのことで,発売とともに売れてしまうほどの人気らしい.
確かに,プログラムを見ても,よく練られている.オーケストラ曲,オペラ,みんなで歌う曲といった3部構成一つとっても,飽きやすい子どもたちのことをよく考えた作りである.
曲そのものは子ども向けかというと,そうではない.たとえば,オープニングは,チャイコフスキーのオペラ「エフゲニー・オネーギン」より「ポロネーズ」だったが,賭けてもいい,このオペラの題名すら知らなかった聴衆がほとんどだったと.チャイコフスキーが好きな私も,昔チャイコフスキーの「お勉強」をしていてかろうじて名前は知っているが,曲そのものを聴くのは全く初めてだった(オペラ嫌いだからというのもあるかも).その意味では,大人も「やられた」感があると思う.しかし,曲そのものは明快なもので,子どもたちがすっと入っていけるものだっただろう.
まあしかし,それ以外の曲は,明快で親しみやすいメロディをもった曲,小学生くらいになれば聴いたことのあるような曲で構成されており,よくできてるなぁと感心した.
休憩を挟んで第2部と第3部が続けて行われたが,第2部は「魔笛」.パパゲーノ(←ATOKもこれくらい一発変換してほしい)とパパゲーナが出てきて子どもたちも大喜び.ここでも子どもの心をちゃんと捉えていた.
それにも飽きてきた頃?には,みんなでオーケストラをカラオケに,手振りをつけて歌う曲3曲へと続く.子供心の機微を捉えている.(ただ,大人は半分くらいは乗れていない模様.)しかし,2曲目,近年の卒業式の定番らしい(と,妻に教えてもらった)Believeという曲は初耳.(誰でも知っている曲らしいが,私は,ポピュラー音楽にはほとんど無関心である.相当に偏屈である.)歌詞は社会学者好みではない(笑)し,曲自体はだらだらしていて凡庸である.明らかに小学生低学年以下に理解できる歌詞ではないので彼らが沈黙していたのは,改善の余地ありと思われた.それにしても,Believeに見られる気持ち悪いほどの浪漫主義は,自分にはunbelievableで,完全に沈黙を余儀なくされた.
歌って気分を取り直したところで,プログラム上の最後が「ダッタン人の踊り」であった.しかし...「えっ,最初からじゃないの?」 いきなりティンパニが出てきて3拍子が始まったときには,ずっこけた.いや確かにもう子どもの中には飽きちゃった子がいるかもしれない.でも,オーボエとイングリッシュ・ホルンのソロのないダッタン人なんて...クリープを入れない...,いや,このクリシェはいつぞやも使ったのでそこまでにするが,何とも口惜しい.
で,アンコールは,定番中の定番(書かないけど,子ども向けのコンサートでもあるわけだし,「あれ」しかないじゃないですか)であった.うちの子は,ここになって初めて大ノリ.いやー,あの曲って何で人心を完全につかんでしまえるのか不思議である.

われわれは舞台に向かって左手の舞台脇のあたりで,舞台から指揮者の指揮を見る形になる席だった.指揮者の梅田俊明さんは,終始にこやかで,しかし,堅実な棒さばきを見せていた.子どもの教育という点からすれば,奇をてらわず安心できる演奏内容だったと言えるだろう.
オーケストラのメンバーも,いつもの定番といった感じでリラックスしているようで,安心して聴けるものだった.


さて,この演奏会は,関東一円で10回にもわたって開かれるものだが,どこでもこんなふうに満員御礼状態だとすると,子どもの音楽教育・情操教育といったことに関心を持つ親は,ものすごい数なのだと思われた.コンサートにやってくる人々については,そのうち私も実証データの分析を出すつもりだけど,やっぱりおハイソな人々である.純粋に音楽が好きとかいうだけではないものがある.「これがブルデューのいう再生産の象徴的な現場だ.この国のおハイソ社会とおハイソ文化は,不況などものともせず続いていくのだ」と感じられた.ただ,われわれの実証データによると,おハイソな人々は,社会ネットワークを異なる社会集団に掛けていくという好ましい性質を持ってもいるようだ.これについても,またいずれ.

ところで,このコンサート,子ども向けとはいえプロのコンサートということになると思うが,私としては,昨年の木曽音楽祭以来のコンサートだったと思う.音楽好きではあっても,週末に松本とさいたまを往復する身としては,思いの外コンサートに行く機会はないものである.また,ふつうのコンサートだと,子どもは入場制限があるので,子どもを置いていくことになり,そんなにしょっちゅうおじいちゃん・おばあちゃんや託児所に頼るわけにもいかない.そういった向きには,親子コンサートというフォーマットは,クラシック好きの親の欲求とも絶妙に合致しているということに気づいた.もちろん,親子コンサートにブルックナーの8番全曲をやるわけにはいかないけれども(1楽章でも無理か...笑).
会場で配布されていたコンサートのチラシを見ていると,他にも何種類かの親子向けのものがあるようだ.こういった親子コンサートは,一組で2,3人になるわけで,集客効率としてもよいのかもしれない.すでに飽和状態なのかどうかは知らないが,ビジネスモデルとしてはうまくできているのかもと思った.
終演後,ロビーでは楽団員を囲んだQ&Aや,サイン会などが行われ,ある意味ではふつうのコンサートよりもずっとサービスがよかったとも言える.少子化の中,音楽を志す一定の人員を確保しようという明確な意図があるのだろうか.
ともかく,いろいろな側面で,面白い経験だった.「オレは何でも理解できるんだぜ」と物知り顔で聴くサイトウ・キネン・フェスティバルの「武満徹コンサート」もいいけれど,親子コンサートもアイディアの集合体であり,決して「子供だまし」などとバカにできないものだと感じられた.願わくは,「再生産」が緩和される形にするにはどうしたらよいのかといった点からも取り組みを期待したいが,それには,社会学者が,きちんと実態把握をしないといけないですね.それは,今後自分がやるべき仕事かもしれないと思ったりしているところでもある.
オフィシャルサイトの方に,先日参加してきた第30回サンベルト会議についての報告をアップしました.
ブルックナーという作曲家の伝記と若干のブルックナー論をまとめたのが本書である.
春休みごろのことだが,池袋のヤマハに行ったときに,本のコーナーに行ったら,3冊くらいブルックナーにかんするものがあり,そのうち読みやすそうなものと思って買ってみた.

私がブルックナーを知ったのはわりと最近である.クラシック音楽のCDを紹介する雑誌を見ていて,自分がこれまでよく知らない人のものを買ってみようと思って,交響曲第9番(ヴァント指揮,ベルリン)を買ってみたのが始まりだった.(たぶんだけど,吹奏楽出身の人は,ブルックナーをやった人というのはほとんどいないと思う.そこから入ると,存在すら知らなくてもおかしくないように思う.)最初に聴いたときから,あまりのすごさに戦慄が走った.オルガン的なサウンドで,特にホルンの使い方がすごい(19世紀末という時期なのに6本も使っている).対位法がうまい.数小節程度のフレーズがいくつか執拗に繰り返されるのだが,それが何度も同じ雑念が頭をよぎるような効果を生んでいて,普段の私自身の雑念のパターンとマッチするような気がして共感できる.
私はブルックナーと同時代人のブラームスの交響曲が好きになれないのだが,ブルックナーは私的には「はまれる」音楽である.

しかし,ライナーノーツの言っていることがよくわからないと思うところも多かった.よくわからない筆頭が,ブルックナーは「弱い」といった記述であり,続いて,交響曲にさまざまな版があるということだった.そのあたりについて,すっきりしたいという気持ちが強くなっていた.そんなわけで,本書を読んでみようと思ったわけである.

本書の構成は,
序言
1.ブルックナーの問題点
2.幼・少年期のブルックナー
3.若い学校教師
4.聖フローリアンでの十年
5.リンツ大聖堂のオルガン奏者
6.ウィーン音楽院の教授
7.音楽都市ウィーン
8.両派の争いの間で
9.敗北と成功,そして死
10.ブルックナーの交響曲の植物的な統一
11.形成 関連 特性
12.改訂のジレンマ
・年表 証言 作品表
・訳者のあとがき

となっている.全体としては,前半部分が伝記,後半10章以降がブルックナーにかんする音楽論といった感じである.
読み終えてすでにずいぶんと日が経っているので,伝記部分で印象的なことといえば,不正確だとは思うがまとめると,だいたい以下のとおりである.幼少期には教師になるべく育てられ,非常にくそまじめで融通の利かない感じの性格であったということ.当時は教師になるには教会音楽について知り,オルガンをある程度弾けないといけなかったということ.ただし,そのような音楽は,いわゆる芸術音楽とは方向性が違っていたということ.しかし,ブルックナーのオルガンの演奏技術は抜きんでており,即興演奏なども得意としていたこと.かなり年を食ってからウィーンに出たが,元来社交が苦手で,ワーグナーとブラームスとの抗争に巻き込まれ流されたこと.自分の作品に絶対の自信が持てず,批判をおそれ,人に相談したりしながら改稿を続けたこと,またそのために版がいくつかある作品があること.権力に対する考え方が偏っていて,学校にこだわり,ウィーン大学の教授となることを求め続け,ついに実現したこと.彼の音楽は,ウィーンにおいてよりも他の都市において認められたこと.といった感じである.
そんなところから,彼の音楽で随所にオルガン的な響きが作られるのは,やはりオルガン奏者という背景があるからだということがわかってきた.
ブルックナーの「弱さ」とは,芸術家に必要なある種の高慢さ(「お前らにはこのよさがわからんのか!」といった感じ)がなく,批評家の批判に応えて改訂を加えるといったことをやってきたことにあるのだということがわかってきた.

私の関心は伝記的なところよりも,むしろ音楽論にあった.どの交響曲も何となく同じような雰囲気を持っており,冗長とは言わないまでも長大である.こういったブルックナーの音楽を著者はどのように分析し解釈するのかに単純に興味があった.もう少しいうと,そういった分析や解釈というものが,どの程度科学的であるかということに興味があった.今まで音楽論というものにほとんど接したことがないので,ほとんど何の免疫も持っていない.あるのは社会学(数理的・計量的社会学)という他領域で培った能力であり,そういう観点から音楽論というものがどのように見えるか,ということに関心があった.

しかし,結論から言うと,やっぱり理解不能だった.何といっても10章のタイトルにもある「植物的統一」である.ひどい揶揄なのかもしれないが,「草食系男子」「肉食系女子」とかいう社会学的に見てクソなふざけた概念(もちろんそれは社会学の用語ではない)と比べて異なる水準にあるといえるかかということである.「植物的」とはいったい何なのか.関連する部分を本書から拾ってみると,「[ブルックナーの交響曲に]肯定的な見解の人々は,ここに「植物的な統一」とでも形容されるべきものを認める.それは[否定的な見解の人々がいうように]固定観念への永続的な関連ではなくて,一つの根本理念への永続的な関連と見るのである.」(p.206) 「ブルックナーの全交響曲の,その相互に結びつけられた関連は単純ではない.それらが秩序づけられている構造は,大きな相互関連の深さを持つ,閉じられた世界を示している.」(p.206) このあたりですでにお手上げなのだが,
1.固定的観念への永続的な関連ではない,
2.一つの根本理念への永続的な関連である.
3.交響曲が秩序づけられている構造は,深い相互関連を持っている閉じられた世界である.
私は日本語の理解が深くないことは認めざるをえない.自分には国語力がないので文学者にはなれないことも認める.しかし,1と2でいうところの「固定的観念」と「一つの根本理念」は,何か根本的に違うのだろうか.素人的に思うことを述べれば,前者はあくまでも個人的で多くの場合あまり価値のない思いこみみたいなものであり,後者は一般的で普遍的に価値のある考え方といったものだろう.そんな素人的な考え方が認められるのであれば(あくまでも仮定の話だが),問いたいのは,そういったものの違いを区別するものは何かということである.「お前のような無教養なものにわかるはずがない」と言われるかもしれないが,個人的にはそういった言い方は逃げ口上のように思われる.むしろ示してほしいのは,ブルックナーの交響曲のどういったところに「固定的観念」ではなく「一つの根本理念」が表出されているのかを示すことである.とりあえず,本書に具体的な記述はないと思われた.しかし,「引用個所にあるように,これは「全交響曲」において表出されているのであり,個別的にどこだということは言えない」と言われてしまうかもしれない.いやしかし,それはやっぱり逃げ口上なのではないだろうか.

また,統一感というものがブルックナーの交響曲全体に感じられることは,私にもわかる.それは,異なる交響曲間で同じフレーズが鳴っていたり,ブルックナー・リズムと言われる音型が随所で鳴ったりすることである.それはそれとして,こういった統一は,なぜ「植物的」と呼ばれなければならないのだろうか.「植物的」という言葉の明確な定義は示されていない.また,それと対義語になると思われる「動物的」といった表現についての言及や定義はない.結局,統一感があることは示せても,それが「植物的」と呼ばれなければならない理由は見いだせなかった.こんなことでよいのか.
さらに,「もし我々がブルックナーの交響曲の基本的な成長の法則を理解しようとするならば,その立証が試みられなくてはならない.ブルックナーの音楽における,いわば「原植物」を見い出すことが問題となる.」(p.209)しかし,「その立証にもし成功したとしても,それによって「植物的な統一」を極めて明白なものとして体験することが,だれにでもできるというわけではない」(p.210)という.卒倒しそうである.しかし,そんなに難しいことなのだろうか.グレーベが本書で示していることは,基本的にはパターンマッチングだと思う.おそらくパターンマッチングをするための基本となる音型など基本となる各種のパターンのことを「原植物」と呼んでいるのではないかと想像されるが,しかし,それによって「原植物」というものが発見できたとしても,「植物的な統一」を体験することが誰にでもできるわけではないとは,あまりにも人をバカにしている.なぜ,我々には「植物的な統一」を体験できる人と体験できない人がいるのだろうか.これには,いくつか解釈が可能であろう.
1.グレーベという人は「神」であり,我々に対して神託を与えている.神託は理解できない人,洞察できない人がいて当然である.逆に言うと,神の言うことを意味はわからずともひたすら信仰できるかどうかが重要である.
2.この後続くグレーベなりの「分析」は,数学を使ったかのような記述が続く.特に,2:3やら,6:9やらといった比を用いた「分析」らしきことをしている.「数の象徴的意義という問題を深く追求しない人,数の神秘から全く遠ざかっている人には,数が音楽の構造に極めて大きな意義をもっているということは,殆んど議論の対象とはならないであろう.しかし,かつてのフランドル地方の音楽やバッハに至るまでのバロック音楽は,建築学的な性格を持っていた.」(p.208)とあるように,多くの人々は数学が苦手である.数学のわかる人にしか「植物的な統一」は理解できない.数学の証明問題の中でも難しいものは,世界に数人しか理解できないものがあるという言説があるが,これはそれに似ている.
3.とにもかくにも無茶苦茶な論理であり,実際にグレーベの分析はひどい.わかる方がどうにかしている.
私の意見では,3が正しい.それを論証してみよう.
1.まず,神がいるかどうかは別にして,グレーベは神ではあるまい.ただひたすら信じよ,長いものに巻かれよというのは,非科学的態度にすぎる.別に科学的である必要はないと開き直るならば,それは人々にひたすら信仰を強制するファシストのようなものであると言えばよいか.いずれにせよ,1のようなものではないだろう.
2.「数」というものは重要かもしれないが,論じ方があまりにも稚拙である.ちなみに私は数理社会学者であり,多少とも数学や数理モデルになじみがある.私の目は数学者ほどではないにせよ,それなりのセンスがあるものと自負している.以下では,論理破綻している点について指摘したい.
ベートーヴェンとブルックナーのそれぞれ9つの交響曲について,その関連性を描いた図が示されている(p.206, p.208).しかし,その根拠ははなはだ心許ない.曰く「もし我々が,化学者が分子に対してするように,この結合の構造を象徴的に表すならば,それは次のようなものにちがいない.」といった程度である.ただグレーベ自身がそのように思った・感じたという以上の理由はないのである.こんなものは,数学でも何でもない.数に対するイメージを語っただけで単なるまやかしである.
「古典派の音楽にとっては,「二」が基本的な数である.「二」は一義的な対称性を持つ偶数であり,明白な一目瞭然とした性格を古典派音楽に与えている.」(p.209)「「三」という数字は,ブルックナーの全作品で,殆んどとらえきれないほどの重要な役割を果たしているのである.」(p.208)「「三」という数字はあまり合理的でなく,また同時に,一義的な対称性をもっていない.その構造はより複雑である.要するに基本的な数としては,「三」は音楽を複雑にし,背景のある奥行きの深い眺望を与える.その構造と経過に「三」という数が決定的に作用している音楽は,そしてさらに2:3という関係が公式として支配的である音楽は,「二」という数字が支配する音楽よりも,見通しはよくないかも知れないのである.」(p.209)「2:3という公式が,ブルックナーの交響曲のあらゆる層において作用していること,それが動機細胞のような小さな部分でも,ここの楽章の形式構造でも,そして終極的には全作品の包括的な輪郭においても,作用していることが証明されて初めて,我々は「ブルックナーの交響曲の植物的な統一」ということを,正当に語ることができるのである.」(p.209)という.
動機細胞という点からは,ブルックナー・リズムが2:3であることが論拠とされる.これはまあよいだろう.とりあえずこういったリズムが散見されるのは確かである.
楽章の形式構造という点については,交響曲第7番の第1楽章の提示部について,それが明白な実例として取り上げられているのだが,曰く「この提示部は三つのグループからなるものである.つまり第一のグループは,和声から生まれた間隔をおいた音からなる主要主題である.」(p.216)「第二のグループは,全音階的な線的なインパルスから生まれた第二主題であり,これには和声は,いわば単につけられているだけである.そして最後に,簡潔な第三のグループであるが,その「偉大さ」は超人的な距離感を表現している.」(p.216)このあたりになると,かなり怪しくなってくる.提示部の9小節が3つの部分に分かれ,それが以上のような関係性を持っているのだという.しかし,例はこれ1つである.論証としては1例をもって「他にもいろいろある」と言ってしまうのは無理がある.例を挙げるだけでは証明になどならないのだが,いずれにせよ,科学的分析とは言えない.もっと言えば,自説を根拠づけるのに都合のよい例だけを挙げるという態度も納得できない.科学者としてなら相当にまずいことをやっていることになる.
全作品の包括的な輪郭については,交響曲を2群に分けている.第1群が3,4,5,6,7,9番の6交響曲と,第2群が1,2,8番の3交響曲である.そして,この分かれ方により,6:9あるいは2:3の関係があるのだという.(これがなぜ2:1ではなく2:3と呼ばれなければならないのかも疑問である.ブルックナー・リズムは2:3と言ってもよいと思うが,この場合,第2群は実質的には1の大きさしかないわけで,合わせて3というのは,言い訳がましい気がする.ともあれ,)その根拠が第1楽章の主要主題である.第1群では,根音,3度,5度,オクターブといった音を強調しているが,第2群はそうではないというところに区別の根拠を求めている.これについては,確かにあまりにも明白な気もするのだが,しかし疑義はある.まず,群の分かれ方が規則的とは言い難い.各群の交響曲の番号の並び方に規則的な美しさは感じられない.ブルックナー自身が,いろいろなものを数える人だったというエピソードによって数への執着を強調しているようであるが,この美しくない分かれ方は,グレーベの論を弱めているように思われる.また,常識的に考えてみても,ブルックナーが当初から9つの交響曲を書こうと思っていたかどうか,また,生涯に書くことになるであろう交響曲に対して当初から何某かの計画性を持って取り組んでいたかとなると,それは相当に無理のある仮説ではないだろうか.かたやワーグナーとブラームスとの抗争や,必ずしも成功しなかった自曲のプロモーションという状況にあって,初心があったとしても,それを貫徹できるような状況にはなかったと思わざるをえない.それができるなら,彼を「弱い」と表現することは相当に無理があるだろう.「三」とか「2:3」といった「公式」について,それは「彼の無意識の深層から出て来て,彼の音楽の成長に作用したものと仮定してよいだろう.」(p.217)とあるが,無意識とか無意識の深層というのは,完全に説明を放棄しているとしか思えない.現在の科学の水準においては(本書の書かれた30年前においても),無意識などというものを説明として使うのはギャグでしかない.
以上から,解釈の2については,数にかんする理解があったとしても,理解できるものではないということができるだろう.このように3つの解釈可能性について考えてみたが,消去法的に考えると,3の「とにもかくにも無茶苦茶な論理であり,実際にグレーベの分析はひどい.わかる方がどうにかしている.」というものしか残らない.現代風にいえば,グレーベの分析とやらは「トンデモ」仮説にすぎないとしか言いようがないと思われる.
さて,そんなわけで,音楽論というものについて,私はかなり怪しいと思うようになってきた.こんなものをありがたがって奉じ奉る必要など全くない.グレーベという人がどれほどの権威のある人なのかどうかは知らないが,私には雰囲気でものを語る人という悪い印象しか残らなかった.

こういったところから,私が考えた音楽評論のあり方は,以下のとおりである.
1.音楽構造の分析は,パターンマッチング的な手法で行っているようである.それはそれでよい.しかし,印象論にとどまらないように,最も明白な例だけでなく,少なくともいくつか例を示すべきである.それにしても,立証とか証明といった強い言い方をするべきではない.我々にできることは解釈に過ぎない.
2.1人の作曲家について,そもそも科学的に分析することができるのだろうか.ブルックナー・リズムについては私はあまり問題ないと思う.そういうパターンがブルックナーのさまざまな交響曲で散見されるというのは,例がいくつでも取れるので,科学的分析の俎上に乗るだろう.ただし,ブルックナー・リズムが独特であるというためには,他の作曲家と比べてこれの使用頻度が極めて高いことを実証すべきである.しかしながら,1人の作曲家について,その生涯に書いた交響曲全体に対してパターンを見出したりする作業は,あくまでも解釈にとどまると考えるべきであろう.それは,全体として1例に過ぎないからである.1例ではそもそも科学になりえない.作曲家というものは,同じ作曲家が2度と現れないということからしても,物理学において何かを予見させる例が1つ見つかったというのとはわけが違う.再現が不可能であるからである.比較的に他の作曲家との違いを分析することは可能としても,1例のためにそれを「植物的」だの「動物的」だの言ってみても仕方ない.それは何らかのイメージを喚起するかもしれないが(私には全く意味不明のままだったが),他との比較をもとに端的なイメージを与えるものでなければ,そのイメージには意味がないだろう.また,「植物的」という意味はよくわからないにせよ,おそらく「動物的」といった言葉と対になるのであろうと思う.つまり「植物的」という言葉は,2元論的な分類を想起させるものであるわけだから,他にも植物的という範疇に分類されるような作曲家がありうるかもしれない.そうだとすれば,「植物的」という比喩は,全体を2つに分ける程度の意味しか持たず,したがって,ほとんど何も解明したことにならないように思われる.もっとも,ブルックナーの同時代までの作曲家たちが「植物的」という範疇に分類される者が誰もいなかったというなら話は別であるが....しかし,本書においてグレーベは,交響曲全体の包括的分析としてはベートーベンとの比較しかしていない(しかもその部分さえ印象論に過ぎず,成功しているとは言い難い).論証は極めて部分的であるという印象を持たざるをえない.そんなわけで,どんな作曲家についてであれ,その人,その作品の全体的な傾向にかんする分析は,科学的に行おうとするならば相対的にしか行われえない.数が重要などと,いかにも科学を装うやり方,しかも,数理社会学という多少なりとも数学にかかわる者からすれば,極めて粗っぽい「数学的」論証は,読者を煙に巻いているとしか思われず,このようなやり方は忌避されるべきであろう.数や数学を持ち出さないで,単なる解釈だというなら大目に見たい気もあるが,ほとんど似非数学としか呼べないものを科学的な装いのために利用することは,非専門家をバカにしている気もするし,実際,数理モデルを扱う者を納得させるものではない.
全体的な感想としては,音楽評論家全体としてはどうか知らないが,一部には知ったかぶりをするような人がいるということであった.それでも少し救いの手をさしのべるとすれば,これは音楽評論に限ったことではなく,どの世界にもいるものである.私も日本社会学会だったかでひどい発表を聞いたことがある.詳細は忘れたが,社会の類型論か何かをするつもりだったかで,ある種の社会についてそれが「虚数のイメージ」だとか言っていた発表があった.当時私は血気盛んな若者だったので,「虚数とはどういう意味か」,「虚数はかくかくしかじかの性質を持っているが,その類型においては虚数のこの性質はどのように反映されているのか」などと,ぐうの音も出ないほどやりこめた覚えがある.ともあれ,何事においても,本当にきちんとした理解もないのに数学的装いを持ったまやかしの文章は書くべきではない.
グレーベの原典の出版から30年以上が経過している.音楽評論のあり方もずいぶんと進歩している可能性もあるが,周囲の音楽関係者たちから感じられるのは,社会学会などは比較にならないほど権威主義的で閉鎖的な領域であることである.こういう状態においては,出る杭は打たれたり,しがらみにとらわれたりと発展が遅い可能性もある.(ある意味うらやましいと思うこともある.大学の先生たちが演奏するとファンがついたり尊敬されたりする.私など研究室に配属されて半年も経たない学生に「辻さん」呼ばわりされる.全く威厳も何もあったもんじゃない.)もう少し新しい評論も読んでみたい.まだ諦めきったわけではないが,少し心配もしている.
ただ,これももう30年も前くらいかと思うが,ホフスタッターが,ショパンの幻想即興曲か何かの分析で,左手の8分音符の6連符に対して右手で16分音符8つが入るというような3:4の型がショパンの音楽には随所に見られるといった分析だったような気がする.しかし,それは数学的にはまともだとしても,「そんなもん,言われんでもわかってるわ.弾いていたら誰でも思うことやろ.」という感じの非常につまらない分析だったような気がする.音楽の構造を理解するのは基本的にパターンマッチング的手法が用いられるようだということはわかってきた.そういうことであれば,時間さえあれば自分にもできることかもしれない,などと思ったりもする.もちろん,暇はないのでやらないだろうが.しかしともあれ,分析をきちんとやれば,単なる解釈ではなく科学的になりうることもあるのだと思う.少なくとも評論家自身の単なる印象のようなものを,素人相手ならごまかせるというようなつもりで開陳しない方がよいと思う.それは人を惑わす知的詐欺である.
私にできる評論,できない評論があることもわかってきた.できる評論は,楽曲の構造分析である.暇があれば水準以上のものを出せるような気がする.しかし,できないのは,たとえば同じ交響曲の数多くの版を評価することである.これはどういうことを基準とすればよいのかがよくわかっていないから(自分では好みはあるが,それがどういうものであるかきちんと言語化できていないし,一般的にどういう点を評価基準にするべきかを知らないから)である.
先日同じ学部のF先生と飲んでいたときに,「究極の目標は数学で音楽を理解することです」と言ったら「そんなことできっこない」とばっさりと切り捨てられた.しかし,今の工学者たちがやっている音楽の分析は,これで何もかも解明できたというレベルには達していないものの(たとえば,大阪大学の沼尾先生の研究など),数学でできる部分はまだまだ残されているようには思う.最後までやり通すことはできないにせよ,最初から理性による到達を諦めるのではなく,理性によっても理解できない残余としてどういった部分があるかを明らかにしていくことが重要であるように思う.

 全く意味のない話なので,読まない方がいいかもしれない,と一応警告しておいてから本題に入る.いつでも読むのをやめてもらってかまわない,と再度警告しておいてから本題に入る.

 最近,気になっていることがある.私の研究室のある同じフロアにあるトイレにある1本の「毛」である.いつからそこにいるようになったのかはっきりとした記憶はない.しかし,少なくとも今年に入ってからはある.入試でバタバタしていたときにはすでにあったから,丸3か月くらいは,少なくともそこにいるのである.
 正確にどこにいるかというと,2つある男子の小用便器の左側の方で,下部の丸いふた(そこから排水溝へと続くあのふた)のところである.奴はふたに挟まって流されずにずっとそこにいるのである.
 とにかくすごい生命力である.生物ではないが,渾身の生命力を感じさせるのである.これまで何人の男性が奴に向かって小便を浴びせてきただろう.春休みだったこともあってそれほど利用者は多くなかったかもしれない.しかし,仮に1日20回くらい利用されているとすると,3か月で20×90=1800回である.1800回の試練に耐えて,まだ奴は流されずに踏ん張っているのである.

 入試の頃,そいつを流してみようと頑張ってみたが,ちっとも成功しない.何度頑張ってもダメだった.もとの持ち主は,一生毛には苦労しないほど剛毛なのだろうなと思う.
 掃除のおばちゃんもおばちゃんである.ちゃんと掃除してるのか,と思うが,もしかすると,おばちゃんも奴に気づいていて,私と同様,「おおよしよし,今日も無事だったかい」などと思いながら,そこだけこすらないようにしているのかもしれない.

 今では,奴に少しずつ愛着が湧いてきている.「やあ,こんちは.今日も元気そうだね」という感じで,奴に挨拶代わりの小便をかけてやるのである.奴は喜んで小躍りする.
 私は,長期休暇中だろうが,授業期間中だろうが,泊まり込みをすることが多い.夜に顔を合わせると,「こいつも夜遅くまで頑張ってるな」と感じてやる気が出たりする.

 奴はいつまでそこにいるだろうか.小便に流されるのが先か,小便と化学反応を起こして溶けてしまうのが先か(そもそも溶けるものなのだろうか),この文章に気づいた事務方がおばちゃんに連絡して抹殺するのが先か.どこぞに生えていた「ど根性大根」とかよりもどうでもよいものだとは思う.こいつに何の価値もないとは思う.
 しかし,たかが毛,されど毛,である.
 この春休みは忙しすぎて,ほとんど何も読めなかった.たぶん,私は研究者としては致命的に本を読むのが遅い.前任校の別の学部にいたある人は,バスの中でも本を読んでいる姿をよく見かけたが,車酔いしないのかと案ずる一方,本に対する執念を感じたものだが,私にはそんなものは皆無である...苦笑.本に書いてあるようなことは,自分で考えればよいとかテキトーなことを思ってごまかすからである.
 さて,表題のこの本だが,たまたま本屋で見かけて昨夏くらいに買って積ん読状態だったものを読んでみたという次第である.一言で言えば,日本人の「名前」がどのように変遷してきたのか,またその背景は何かといったことを書いたものである.
 うちの学部にも歴史の研究者は大勢いらっしゃるのだが,恥を忍ばず開き直って言えば,私には崩し字は読めないし,古文書を読んだこともない.うちの歴史系の学部生以下である.(「歴史系の専門家の先生方,こんなのが同僚でごめんなさい」としか言いようがない.)そんなわけで,歴史系の話となれば,単なるアマチュア好事家の根拠のない話も,専門家の話も,本質的に何が違うのかよくわからない.買う前に著者の経歴は見るけれども,果たしてそれでどれだけの判断ができるのかもよくわからない.この著者の経歴も,言葉は悪いが全くよくわからない.そんなわけで,読みながらも,「えー,ほんまかいな」とか,「まあ,鵜呑みにはせんとこ」とか思いながら読んだわけである.
 明治以前の名付け方がどうであったかということ,また生涯を通していろいろな名乗り方が比較的自由にされたこと,それが明治になって1つの姓と1つの名とすることになったこと,その反動で雅号などを称する人が増えたり減ったりしたことなどが大きな流れである.そのあたりのことは私自身が検証する術を持たないので,ただ信じるしかないわけだが,出典が不明とか,論拠が今ひとつよくわからないところもあり,半信半疑とならざるをえなかった.
 第6章は,明治以降の人気の名前の変遷である.このあたりになると,社会学的に読める部分もでてきて,疑いは根拠を持って大きくなる.たとえば,「明美」という名の盛衰について,昭和32年からベスト10入りしたが,「風俗産業の源氏名の定番となるにいたって,わが子の名としてはふさわしからずということになり」凋落したとあるが,源氏名効果がどのくらいあるのかについては,どんな形で検証しているのか全くわからない.確かに何かの流行歌の歌詞に読み込まれたものがあった記憶があるが,そういったことがどれだけの社会的効果をもたらすのかは,そもそも検証方法が確立されていないということもあると思うが,わからない.源氏名うんぬんは,単なる根拠のない推測に過ぎないように思われる.
 また,昭和50年代の名前は,タレント名やアニメの主人公の名前を「そのまま引き写しにした」ものが多く,平成にはいると「漢字のイメージを重視する傾向」になるという.そのあたりも名前1つ1つ検討したのかよくわからないという感じがする.さらに,近年の当て字的な名付け方については,「起源をたどれば劇画やアニメに行き着くであろう」というが,起源をどのようにたどればよいのかという方法論上の問題がクリアではなく(実際に何らかの具体的な方法でたどってみたとは書かれていない),単なる推測にすぎないのではないだろうか.これでは,俗説でしかない.
 社会学を専攻する学生は,卒論のテーマを考えるときに,映画やファッションなどを取り上げようとすることが多いが,彼らが構想初期の段階で決まって言うのは,「どのような映画が作られるか(人気があるか)は,その時代の雰囲気と関係があります」というようなことである.しかし,このような言明は,他の分野はいざ知らず,社会学では,ひどくたたかれることになる.どのような方法をもってすれば,そのようなことが言えるのかがわからないからである.資料を集めればよいということでは,許されないことも多い.その資料が特定の時代を「代表」していると言えることをどうやって担保するのかという問題がつきまとうからである.学生たちは,当初,「質的分析」を行えばよいというようなことを考えがちだが,重要なことは分析方法以前に資料の代表性である.
 この著者の本当の専攻が何なのかはよくわからないままだが,全体として感じることは,結局,代表性の問題であるように思われる.自分の言いたいことにそって場当たり的に例を提示するというやり方を,私はかたくなに拒否してしまうのである.やろうと思えば,私は著者の主張と全く逆のことを例を使って示すことができるかもしれない.例を挙げるだけでは,根拠としては全く不十分なのである.
 そんなわけで,私が評価しうる範囲において,この本の内容をそのまま受け入れることは,私にはできなかった.また,過度の一般化かもしれないという留保が必要かもしれないが,私の評価できない歴史的な部分についても,どこかしらに怪しい記述が多いのではないかと疑ってしまったのである.
 新書には当たり外れが大きいが,これが当たりか外れかはよくわからない.それは,ひとえに,論拠がきちんと示されていない記述が多すぎるからである.その意味では外れであるが,論拠がきちんと示されれば当たりに化ける可能性もある.まあしかし,現状では外れと言わざるをえないだろう.
 制作スタッフ7人のうち私の知っている学生が3人も関わっているフリーペーパー『隙間』のvol.1が発行された.
 少し前から,彼らがそういった活動を始めているのだということは聞いていた.しかし,具体的な中身がどういうものなのかについては全く聞かされていなかった.4月5日,その学生の1人からブツを受け取った.その場では読まず,うちに持ち帰り,先ほど一通りそれなりに丁寧に読んだところである.
 野暮なので記事内容そのものについて評するのはよそう.
 扉を開けると「繋がり」の話で始まる.「おお,自分が専門にしているネットワークの話ではないか.」それがわかると(わかったつもりにすると),全体のコンセプトはわりと明快である.それを「隙間」と呼ぼうが何と呼ぼうが,それはお好きにどうぞ.
 しかし,である.いずれの記事からも,制作に関わった学生たちの切ないほどの無縁感が伝わってくる.社会は彼らが考えるほどに断片化されているだろうか.私には,やや誇張があるように感じられた.むしろ,社会が断片化しているのではなく,彼ら制作スタッフ自身が社会から切り離されていると(勝手に?)感じているように思われるのである.それは,大学生という年代の人々が,別に彼らでなくても,私もそのくらいの年代の頃に感じていたように,自分がまだ海のものとも山のものともつかぬ状態で自分探しをしている構図そのものであると思う.ウェブサイトにあがっている制作スタッフの編集後記の長文であることが,実に切ない.
 自分も学生時代こんなんだったっけ? 自分はもっと柳に風的にスマートに,逆に言えばあまり物事を考えずにやり過ごしたように思う.さらりと生きられない彼ら.彼らをそこまで追い立てる欲求とは何なのか.おもしろいのは,随所に前言否定があることである.「オレたちは大学でお勉強はしてきたけど,それだけでは満たされない残基がある」とでも言いたげだ.確かにそうかもしれない.少なくとも私の知っているその3人についていえば,インタビューの技法や文章のまとめ方といったことは習ってきたが,教員に頼らず最後まで自分たちだけで責任を持ってアウトプットをした経験はなかったのかもしれない.「自分たちの無能さに甘えたくない」というような強迫症めいたメッセージが伝わってくるのが痛々しいのである.
 「フリーペーパー」というのは,洒落かと思う.それは,彼らが大学という枠組みに縛られず,解き放たれたい(set me free)という欲求を暗示しているように思われた.しかし一方で,彼らはまだ自分が何と繋がればよいのか模索しているようにも見える.
 ワッツ流に,ランダムに繋がればよいと言い放つことは簡単だが,それでは,あまりに物理学的ジョークだと思うのかもしれない.人間は繋がりに意味を求めるから.
 学生にとって専門分野を決めることは悩みに悩んだ上での「必然」的意味を持っているのかもしれない.しかし,学生を受け入れる教員にとっては,ある年度にどんな1年生が入学してくるのか,また,その翌年,どんな2年生が自分の担当する分野に配属されてくるのかは,ほとんどランダムに決まっているように感じられる.しかし,そんなランダムな奴らでも,1年,2年とともに過ごせば,情もわく.私は,ランダムに出会った奴らとも一期一会の精神で接している.私には,それで十分である.彼らにとっては,ランダムな繋がりは意味があるのだろうか,ないのだろうか.
 なぜ,彼らは印刷媒体という形での出版を望んだのだろうか.どこでどのように読んでもらうことを期待したのだろうか.彼らは不特定な5千人(5千部)からランダムに(といっても松本市内だろうが)繋がられることについて,どのように考えているのだろうか.そのことにどのような意味があると思うのだろうか.
 それにしても,読んで肩が凝った.私など,そんなにあらゆるものに意味を求めなくてもよいと思うから気楽だけど,彼らはしんどいのだろうなと思う.しばらくはもがけばよいと思うが,最後は,あらゆる可能性の中から何か1つ(少数)を選び取らないといけない.少し離れた場所から応援はしていたいと思う.
 今年度、共通教育科目(いわゆる一般教養)で「震災と社会」という講義を行います。現在、2人の震災体験者の方にもお越しいただくことをご快諾いただき、日程も定まりました。
 2004年10月の中越地震からはや5年半。そのころから何度も何度も現地に行き、いろいろな人から話を伺い、そして、地震の前と後とで都合2回の大規模調査を行い、他にもさまざまな調査を行ってきました。それらについて、そろそろまとめをしないといけないと思い、まずは講義をすることにして、自分自身が逃げられないようにし、どのような形になるかはわかりませんが、近いうちにそれをもとに単著にまとめたいという気持ちがあります。
 私が最初に被災地に入ったのは、すでに一冬越した2005年の7月でした。運良く4月に科研が当たったからですが、夏休み前までは授業などに追われて現地に入ることがままならず、ようやく7月に旧栃尾市役所(現長岡市栃尾支所)にインタビューに行きました。それからは、わりと足繁く現地に通うようになりました。数人の区長さんに話を半年おきくらいに聞きに行きました。
 なぜ、マスコミで取り上げられた山古志村や小千谷市や川口町ではないのか、なぜ栃尾市なのかというと、それは、たまたまですが、震災前の2002年に栃尾市で郵送調査を行っていたからです。被災地の1つであった栃尾市で震災前後の比較を行うことができるならば、それはこれまでにほとんどだれも取ることができなかったタイプのデータを取ることができるという期待があったからでした。
 そして、2006年に実際に、2002年に調査に協力していただいた方々に対して、もう1度調査をすることができ、本当に貴重なデータを手に入れることができました。
 しかし、分析は難航しました。まず、サンプル数があまり多くないので、あまり凝った分析はできません。比較的単純な分析を積み重ね、これは間違いなく言えそうだということに到達するまでにはかなり時間がかかりました。...意味がわからない人も多いと思いますが、統計分析というのは、サンプル数が多い方がよいことになっていて(あるいは前提となっていて)、逆にサンプル数が少ないと、ブレが大きくなって詳細な分析をすることが難しくなってしまうのです。 やっとの思いで、ようやく1つの論文をまとめたのが、2008年の秋でした(『社会学研究』所収)。
 ちょうど2008年秋から、私は信大にやってきて、演習科目で震災について取り上げたところ、多くの受講生があつまり、また、そのうちの数人と現地に視察に行くなどしました。さらにそのうちの1人は、今春、私とは違って旧山古志村でインタビューや調査票によってデータを取り卒論を書きあげました。うれしいことに、2008年の秋に視察に連れていった学生たちの多くは、翌年も当地の地区運動会や祭りに参加したり、上述の卒論生の研究を手伝って現地に調査票の回収に行ったりと、本当に優しくたくましく成長してくれました。ともかく、少なくとも社会学の学生にとっては、社会の激変というのは、興味関心をひく題材であったのだと思います。
 私自身にとっても、中越地震が起こるまで、数理社会学とかネットワーク分析といった、その見た目からして冷徹そうな感じのする領域で仕事をしてきたのが、一転して、もっとも泥臭い領域に足をつっこむことになりました。被災地は農村であり、農村社会学や村落社会学という領域では、これまでもっぱらインタビューなどの質的調査が行われてきました。その中に数理や計量を持ち込むことができるのか、という挑戦がありました。最初は、農村については本当に素人同然だったのですが、現場で知らないことを教えてもらいながら、少しずつ学んでいったというのが本当のところです。そのうちに、別に農村の仕組みや農村社会学特有の概念をある程度理解してしまえば、農村だって、計量分析に乗らないわけではないと思えるようになりました。むしろ、計量ならではの切れ味があって、それはそれなりの力を持っていると思うようになりました。
 私の場合には、震災をネットワークが急激に崩壊したところから始まり、それが次第に埋め合わされていくという過程と捉えて研究を行ってきました。そのような視点から震災を捉えていくことによって何が見えたかについてお話ししたいと思います。
 また、やろうと思えば中越地震だけでも1学期間講義することはできるかなと思ったのですが、社会学的に都市と農村との比較を行うという意味でも、阪神淡路との比較を行うことは重要だろうと考えました。私の実家も阪神淡路大震災で半壊の被害を受けたということもあります。私自身はその頃留学していたので、地震の揺れそのものの体験はしなかったのですが、その2ヶ月ほど後に春休みに一時帰国し、たいへんな様子を見て回りました。また、あの震災が我が身にどのような影響を与えたかについても自分なりに考えることはあります。ともあれ、都市と農村の単純比較ではありませんが、異なる場所で地震が起こると、どのようなことが問題となって現れるのかについては、違いがあるように思います。そういったことについても注意をしながら講義を進めたいと思います。
 私は、この講義を社会学の専門科目とはしませんでした。1年生でも取れる共通教育科目(いわゆる一般教養科目)としています。それは、学部というような枠を越えて、理科系の人には、地質学や土木工学や建築学といったこととは異なる視点から震災というものを捉えられるようになってほしいということ、そして、文化系の人には、震災というものを題材としながら、それぞれの学問の視点からそれについて考えられるようになってもらいたいということがあったからです。
 この科目は副題には、「社会学入門」という言葉が入っています。震災の話はもちろんですが、包括的にとはいかないものの、社会学のいろいろな領域について紹介するようにしたいと思います。
 最後に、たぶんこの科目は今年限りです。来年度以降何をするかは全く決めていませんが、もし繰り返しするとしても、震災をテーマにするのは再来年以降でしょう。同じことをやるのは白けますし。このようなテーマに関心がある人は、来年度にと思わずに、今年度取ってしまってください。
 2010年度が、特に何も変わったこともなく始まりました。2年前の今頃のことを思えば、はるかに安定した身の上。1年前の今頃のことを思えば、年度が一巡(以上)したことでとりあえず勝手がわかったという安心感。多少失敗しても、多少遅れても、ボスがどっしりと、しかもさらっとしてくれるフォロー。この何事もない感じは、そういったところから来ているのでしょう。年度初めのこの緊張感のなさは、ちょっと不思議な感覚です。これまで、新年度といえば、「よっしゃー、やるぞー」っという感じだったのが、嘘みたいです。普通な感じで特に何事もなく始まる新年度です。
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