11 6月

「村山研一先生の三回忌を偲ぶ会」が行われました

去る6月7日(日),信州大学人文学部の人文ホールで,「村山研一先生の三回忌を偲ぶ会」が開催されました.当日は,村山先生のもとで社会学研究室を運営してきた歴代の助教授・准教授4名,村山先生の後任の現同僚と,十数年前からの学生・院生のOB/OG,村山先生から2ヶ月だけ指導を受けた現在の4年生のスタッフなど,30名弱の参加がありました.

歴代の助教授・准教授が,昔の写真などをプロジェクターで見せながら,村山先生や社会学研究室の懐かしい思い出を語り,また,OB/OGたちもそれぞれの思い出を語りました.定年を一年後に控えて急逝された村山先生のご人徳を,それぞれが感じているのだなと胸が熱くなりました.

本来であれば,村山先生の定年を記念するパーティを開き,そのときにこうやって思い出を語り,また,村山先生の30有余年の信大でのお話を伺いたかったです.ともあれ,2年前は,フォーマルな「お別れ会」という形で,ほとんど思い出話をすることもできなかったので,このような機会が持ててよかったです.この企画を最初に提案してくれた,前任のWさんにも感謝します.

11 6月

九州大学地球社会統合科学セミナー「寛容社会の姿を求めて」で講演してきました

去る6月5日(金),九州大学の三隅一人先生からお声をかけていただき,地球社会統合科学セミナー「寛容社会の姿を求めて」で3人の講演者の1人として講演させていただきました.

プログラムは,以下のとおりでした.

辻竜平@信州大学人文学部[社会学]
「寛容とその測定、および、寛容と定住外国人に対する意識との関連性」
関口正司@九州大学大学院法学研究院[政治哲学]
「政治哲学の観点から見た寛容論の課題」
高野和良@九州大学大学院人間環境学研究院[社会学]
「地域福祉活動を支えるのは人々の寛容性なのか?〜山口県内の高齢者
見守り活動をもとに〜」

3人の報告の後,大学院生お2人からコメントしてもらい,それにリプライする,という構成で,大学院教育の一環という意味もあるようでした.

ここ10年ほど,私の関心は,信頼から寛容へ移ってきています.しかし,信頼もそうですが,寛容も負けず劣らずさまざまな学問領域で細々と(小さな波はあるものの,少なくともここ20年の信頼ほどには大きな関心を集めることなく)続けられてきたこともあって,定義や分類なども錯綜している状態にあり,ようやくここに来て,何とか整理が付けられそうな気がしてきています.

そのようなわけで,私の講演では,まずは,(信頼研究も含めた)寛容研究の枠組み整理から始めて,この講演の話のスコープを明らかにしてから,特にウォルツァー流の寛容理論に基づいた尺度構成,そしてその尺度と定住外国人に対するいくつかの意識との関連性について,昨年,卒論生とともに松本市で行った調査の分析結果を報告しました.

関口先生は,J.S.ミルの政治哲学の中にある寛容論の課題として,自由や寛容の擁護論が,反自由主義的・非寛容的議論に転ずる逆説的可能性や,無関心の問題について論じられました.(暫定的?)結論としては,知的ゲームや抽象論としてではなく,具体的な場面を念頭に思慮的に考えていくべき課題であるとの考えを示されました.

高野先生は,地域福祉活動と「寛容」について,事例を中心としてお話になりました.地域において孤立死といった問題が生じたときに,それを「地域の恥」と捉えて隠蔽することがあるが,それは問題を認めずに排除するという意味で寛容度が低い.一方,「できれば何とかしたい」と考えて「見守り活動」などの協働的活動がなされることもあるが,これは問題を認めて包摂するという意味で寛容度が高い,と考えられるでしょう.しかし,それは,生活への干渉につながりかねず,対象者と担い手の関係調整が必要,といった課題があげられ,対応の手がかりについて議論されました.

私のものを含めて3つの講演がありましたが,「寛容」をめぐる議論は,やはりバラエティに富んでいるなと,改めて感じました.他にももっと切り口があるのだろうなという予感もあります.まだまだ寛容をめぐる概念整理といった作業を続けていかないといけないし,そういった整理が適切であるかどうか,実証的に検討していく必要があるなと感じました.

大学院生の方々からコメントをもらい,リプライし,その後もその院生の方々や三隅先生,高野先生を交えて懇親会の場でいろいろと議論しました.その中でふと自分の今やっていることに対する気づきがありました.ウォルツァーはコミュニタリアンなので,コミュニティなり社会なりに何某かの守るべき価値や文化があると考えています.だからこそ,自集団と他集団といった対立があるという構図を,意図してか意図せずしてかは別として,結果的に描くことになってしまうことに改めて気づきました.また,リベラリズムと違ってコミュニタリアニズムは,自由を際限なく認めないので,そのことが,コミュニタリアン的寛容性尺度を構成する肝であり,それが,もう少し尺度をブラッシュアップするための手がかりになりそうだなと感じました.

難しい話はさておき,金曜日は,松本空港から福岡空港までの飛行機に乗るつもりでした.松本空港は駐車料金が無料なので,少し早めに出て大学で資料を印刷し,その足で空港に向かう予定でした.ところが,うちを出たら,エンジンがかからない! 一方でJAFを呼び,また一方で同僚に印刷をお願いし,30分後に大学で同僚から印刷物をピックアップし,車中から空港のカウンターに電話し(ハンズフリー機能付きですので,電話機は手に持っていません),ギリギリになるけど行くからねと念押しし,何とか出発時刻10分前に到着.1日3往復しか便のないガラガラの空港なので,手荷物検査などをダーッと通って何とか遅延させることなく搭乗しました.何でこんなマンガみたいなことが起こるのかと. …翌日帰ってくると,やはりエンジンがかかりませんでした.再びJAFを呼んで,そのままディーラーに直行.バッテリー交換となりました.別にライトを付けっぱなしたとかいうことではなかったのですが,お亡くなりになるときには,ある日忽然とお亡くなりになるものだと知りました.エンジン様に寛容になるには,余裕を持って出かけることだなと,全くつまらないことを感じました.

ともあれ,三隅先生をはじめ,九大の皆様,お世話になりました.

13 5月

最低限のマナーを守ったレビューを

3日ほど前だろうか,アマゾンに長らく掲載されていた 辻・佐藤編著『ソーシャル・キャピタルと格差社会』への糞レビューが削除されていることに気がついた.本当によかった.
どういういきさつでそうなったのかは知らない.レビューアーが削除したのかもしれないし,何らかの手段が講じられたのかもしれない.
そのレビューの内容は,あまりにもひどいもので,本書の内容とは関わりのない,ソーシャル・キャピタル論全般に関わる恨み辛みが書かれているだけだった.おそらく中身は読んでいないのではないか.…実は,私は,何回かアマゾンとやりとりをして,あまりにひどい内容なので削除してほしいと依頼したが,そのときには取りあってもらえなかった.アマゾンとしては,個人に対する誹謗中傷のようなものでないかぎり,削除しないとのことだった.本書と無関係なレビューであったとしても,個人的な誹謗中傷ではないからとのことだった.ともあれ,あのような忌まわしいものが削除されてよかった.
私自身も,アマゾンで本を買うときにレビューを参考にすることはある.特に自分の専門外の本を買うときには,参考にすることが多い.星が何個付いているかというのは,レビューの中身を読まなくても,最初に目に付くものであることは確かである.だから,SC論に関心があって検索をしたが,星の数だけ見て,「買わんとこ」と思って買ってもらえなかったことも多かったのではないかと思う.潜在的読者を,あれで失ってしまったのではないかと思うと,とても残念である.
レビューを書いてもらうことは,よいことだと思う.ただし,最低限のマナーというものがあるだろう.自分の主張をするなと言うつもりは全くないが,本文の内容をちゃんと読んでから,本文の内容と絡めつつ,的確な主張してほしいと思う.単に,自分の主張や思考と相容れないのでダメな本だ,とだけ述べるのでは,本を評価したことにならない.そういうのは,著者に失礼だし,潜在的読者にとっても害でしかない.レビューに関わるリテラシーというものがあるかどうかは知らないが,常識的に,初めて出会った人に,いきなり「お前,馬鹿」とか言わないものだということが分かっていれば,最低限のマナーくらい自然に守れるものだと思う.

20 4月

キムリッカ『新版 現代政治理論』:翻訳ミスと思われる箇所について

現在,社会調査実習に向けて,学生たちの下地を作るべく,キムリッカの『新版 現代政治理論』を読んでいます.
これだけの大著の翻訳は,たいへんなご苦労だったことだろうと思います.
翻訳をミスなく行うのは,自分の経験からもたいへん難しいことですが,重要な箇所における翻訳のミスと思えるところを,見つけ次第,書き留めておきたいと思います.
もちろん,私の方が間違っている可能性もありますので,ご指摘くだされば,修正・削除などいたします.

4月20日記
翻訳p.81, ll.10-11, すべての社会的な基本材―自由や機会,所得や富,自尊心の基盤―は,その一部ないしは全部を不平等に分配することが最も恵まれない人々の利益にならない限り,平等に分配されなければならない.

英文p.55, ll.11-14, [A]ll social primary goods – liberty and opportunity, income and wealth, and the bases of self-respect – are to be distributed equally unless an unequal distribution of any or all of these goods is to the advantage of the least favored.

私訳,すべての社会的基本財―自由や機会,所得や富,自尊心の基盤―は,それらの財の一部ないし全部が不平等に分配されることが,最も恵まれない人々の利益になるのでなければ,平等に分配されねばならない.

下線を付けたところが主なポイントです.unlessの訳し方ですが,読みようによっては誤訳ではないのかもしれませんが,誤解を招きやすい表現だと思います.
この部分,『正義論』からの引用なので,もしかすると,日本語訳からそのまま持ってきたのかも? 日本語訳を持ってないので確認していませんが,とりあえず.

もう1箇所,変だと思うところがあるのですが,もともとの文章自体がよく理解できていないので,私訳はせず,指摘だけしておきます.

翻訳p.82, ll.12-13, 第一原理―各人は,すべての人々にとっての同様な自由の体系と両立しうる最大限の基本的自由への平等な権利を持たなければならない.

英文p.56, ll.1-2, First Principle – Each person is to have an equal right to the most extensive total system of equal basic liberties compatible with a similar system of liberty for all.

下線を付けたところがポイントです.A compatible with Bという表現から,比較されているのは,system同士ということになろうかと思います.訳文としても,「両立しうる」というよりは,Bと「比肩しうる」Aというような訳の方が適切かと思われます.そうすると,an equal rightとは,平等な権利ではなく,同等の権利とすべきではないでしょうか?

ひとまず以上です.
私の方で誤りがあれば,ご指摘ください.
また,気づいたことがあれば,追記するかもしれません.

4月23日追記
第一原理(翻訳p.82)について,ツイッター上で @takemita さんにコメントをいただきました.いろいろと説明をいただいき,もとの訳で,おおむねよいのではないかと考えるようになりました.
原文を読むと,構文上では,確かにsystem同士が対比されているのですが,私自身は,このsystemということの意味内容がきちんと理解できていませんでした.
このsystemについて,set(集合)というような意味で捉えたらよいのではないかと教えてもらいました.教えてもらったことをそのまま引用しておきますと,

Aさんが{他人を殺す自由,他人に殺されない自由}という自由の集合(への権利)をもつとすると、これはBさんも同じ自由の集合(への権利)をもつという想定と両立不可能です。
ゆえに、「他人を殺す自由」は第一原理による保障の対象からは外れることになるわけです。

次に,翻訳文では翻訳されていないように見える the most extensive total system については,

両立可能性の条件を満たす諸自由を全部拾ってきて集合を作るというニュアンス、”total”はその集合の全体、という感じかと思いますので、「最大限」でカバーできているように思います。

とのことでした.
その説明にある「諸自由を全部拾ってきて」というところで,extensiveが,上の例のように集合の「外延」という意味であると理解すれば,それで了解可能ではあると思われました.
しかし,この点については,訳文として,こんなに端折ってしまってよいものだろうか,という感じもします.「最大限」という言葉を見たときに,「最も外延的で全体的な体系(集合)」という,上で説明してもらったことが,誰にでもすっと思いうかぶというようなものではないようにも思われます.ロールズの理論をきちんと理解できてさえいれば,「最大限」という訳で了解可能としても,訳文として端折りすぎではないかという気がしないでもありません.
そのほか,”equal basic liberty”の”equal”が訳されていないように思えるが,それは,”similar”でカバーできているようにも思えるといったご意見もいただきました.
また, @takemita さんは,そもそもロールズの英語の文章自体が下手くそなのではないか,とご指摘.うーん,確かにそう言われてみると,確かにクセのある用語法(たとえば,system)だし,(構文の複雑さは,まあこんなもんかなという感じもしますが,読みやすくはないし,)その意味では下手くそなのかもしれません.そういった場合に,直訳してやっぱり意味が分からないということでよいのか,訳者の方で意味が分かるように訳出する方がよいのかは,難しい判断だと思います.訳者は,後者のような判断をしたということなのかもしれません.
ともあれ,systemの意味,訳文のあり方など,いろいろと勉強になりました.
それにしても,やっぱり翻訳は,奥が深いですね.餅は餅屋と言いますが,当該理論について十分に理解しておかないと,ちゃんとした翻訳はできないのだなと思いました.

18 4月

『社会を数理で読み解く』は,けっこう推しです

先日,盛山和夫・浜田宏・武藤正義・瀧川裕貴,2015,『社会を数理で読み解く』,有斐閣 をご恵贈いただきました.
アナザー数理社会学入門か,と思ったのですが,これまでの入門書とは違うなという感じがしました.ざっと見た感想を記しておきます.

類書としては,小林・木村編著の『考える社会学』や,やはり小林・木村著の『数理の発想でみる社会』,あるいは数土・今田編著の『数理社会学入門』や,数理社会学会監修の『社会を〈モデル〉でみる』などがあります.
本書は,内容の類似性からすれば,これらのうち『考える社会学』と『数理の発想でみる社会』の流れをくむものと言えるように思います.この2冊と比較しながら,見てみたいと思います.
最も古い『考える社会学』(1991)の章構成は,「予言の自己成就」「社会的ジレンマ」「プロテスタンティズム」「官僚制の逆機能」等々,18章構成,本文部分のみで270ページあまり,その章構成は,まるで『命題コレクション社会学』(1986)の数理社会学版とでもいうような章構成になっています.もちろん,その一部は,現在でも数理社会学会でも続いているテーマもありますが,ほとんど見なくなったようなテーマも含まれており,やはり古さは否めないように思われます.この本が出版された頃,私はまだM1で学会の動向を掴んでいたわけではありませんが,おそらく『考える社会学』は,数理社会学が『命題コレクション』が扱うのと同等の範疇を広くカバーすることを示すことで,数理社会学が狭隘な問題を扱う一分野ではなく,幅広い射程を持つことを示すことを,最も大きな役割としたのではなかったでしょうか? 各章は,各テーマに関わる簡単な導入から入り,その都度問いを立てながら(問いかけながら)理論とモデルを展開するという方式で進められます.数理モデルは最小限で,「前提」「定義」「命題」などを明示し,数理モデルというよりも論理的な思考を展開することを重視しているように思われます.
続いて,『数理の発想でみる社会』(1997)です.これは,『考える社会学』と同じ編者2人が,こんどは著者となっています.章構成は,「階層と友人選択」「マルコフ連鎖と影響過程」「集団目標の実現と集団規模」「個人的合理性と社会的最適性」「職業的地位の分布モデル」「優越関係のネットワーク」の6章構成となっています.本書の特徴としては,『考える社会学』と比べると,数式が多く,本格的な数理社会学入門と言えるでしょう.章立ても,著者2人の専門領域にやや偏っている感もありますが,現在の数理社会学につながる内容を扱っていると言えるでしょう.各章では,その章で使用する数学の中で特に文系の学生たちにとって必要と思われるもの(たとえば,級数,行列,微分など)を最小限度,丁寧に解説しています.しかし,各章の導入は,雑駁すぎるようにも思われます.なぜ,そういった問題を扱うのかという動機があまり強く感じられません.

そして,本書ですが,筆頭編著者が盛山御大,そして,現在の数理社会学会の中でもきらめきのある3人の著者によるものです.各著者が2章ずつ書いていますが,いずれも練られた内容です.上記2冊と比べると,まず,問題への導入部分が簡潔ながらも重厚感があるように思います.いきなり世間離れした感じの導入ではなく,理論的な説明から入り,モデルの導入に必然性が感じられるようになっています.また,『考える社会学』のように,随所に唐突すぎると思われるような問いが挟まれることによって思考がかえって邪魔されるようなこともなく,『数理の発想でみる社会』のように,数式の展開をひたすら追っていくのでもなく,当該トピックについて,じっくりと理論とモデルを織り交ぜて突き詰めていこうという意志が感じられる点が,たいへん優れていると感じました.また,各章の内容は,各著者がすでに論文にしたものを下敷きにして,それを丁寧に解説しようとするものでもあり,初心者向けにわざわざ簡単なモデルを作って紹介したというような感じがありません.とりあえずの入門書として入門書を作ってみましたという感じではないところが,数理モデルを真面目に勉強してみようという読者を引きずり込む力を持っているように思います.実際,私自身も,他の教科書については,特段に感想文を書こうとは思わなかったのですが,これは,なかなかいいんじゃないかと感じます.来年度でも,何かの授業で使ってみるかと思わせるものがあります(年度が始まったばかりなので,まだ来年度の話をすると鬼が笑うと思いますが).
本書をだれに読んでもらいたいかというと,数理社会学の扉を叩いてみたいという初学者もそうですが,むしろ私としては,工学部などで,社会工学とか,社会何ちゃらに関わっているような研究者に読んでもらいたいと思います.『数理の発想でみる社会』だと,おそらく工学者が読むと,これくらいのことなら自分でもできるし,ここから特段に学ぶものはないと思えるでしょう.しかし,たぶん本書は違うと思います.社会学者がどういう問題に挑んできたかを各章の導入部分で感じてもらえるのではないかと思うからです.モデルの展開の作法はそんなに違わないかもしれないですが,モデルに至るまでの問題関心という部分で,社会学らしさが現れており,こういう話ができないと,工学者と社会学者は,深い対話ができないだろうと思うのです.数理社会学は,社会をモデル化するだけではないんだというあたりのアレですね.
そして,見るべきは,やはり著者たちの力量でしょう.最近の数理社会学会を見ていると,若い頃に数理モデルをやっていても,もうほとんどやっておらず,今は計量だけといった人が多いように感じます.私を含めてそうですね.数理モデルを扱う能力が歳とともに低下するのか,計量ができないと就職できないといった現実的な事情からそうならざるをえなかったのか… 何かは知りませんが,わりと残念な感じに成り下がる人も多いと感じています(数理も計量も中途半端という).しかし,本書の著者たちは,計量もするけれど,やはり数理の人だよなと思わせるような人たちばかりです.言ってみれば,最強メンバー,スター集団ですね.残念な人がくっついているという感じがありません.そして,数理モデルだけではなくて,上述のとおり,ちゃんと社会学的な問題の面白みを伝えられる人たちでもあります.

若干,無い物ねだりをするならば,サブタイトルが「不平等とジレンマの構造」となっているように,ネットワーク分析に関わる章がありません.自称ネットワーク屋さんとしては,ちょっと残念です,現在,数理社会学会の大会では,ネットワークに関わる報告数はけっこうたくさんあるのですが,シミュレーションやウェブ・マイニングなどではなく,数理系のネットワーク・モデルをバリバリ展開するという感じの人が少ないように思います.お前がやれよ,という声が聞こえてきそうですが,それは華麗にスルーして言うと,やっぱりネットワーク・モデルの章がほしかったですね.この著者たちに堂々と挑めるだけの人材という別の条件を満たすことも,なかなか困難ではあるのですが.

17 4月

紀要論文「口承文芸のヴァリアントの類似性と通婚圏との関係:新潟県旧栃尾市で採取された「三枚のお札」の分析」が発行されました

今春発行された紀要論文「口承文芸のヴァリアントの類似性と通婚圏との関係:新潟県旧栃尾市で採取された「三枚のお札」の分析」が,大学のレポジトリで公開されました.

何でこんなものを,と思われるかもしれません.
まず,「三枚のお札」という物語が,とても魅力的です.幼稚園の頃,昔話を覚えてきてみんなの前で発表するというのがありました.そこで選んだのが,「三枚のお札」でした.学研の雑誌の付録のソノシートがあり,これを口調から何から覚えて発表しました.(まさか,YouTubeにソノシートがあがっているとは! 驚いたなぁ.テキストが瀬田貞二さん,語りが宇野重吉さんだったらしい)他の子たちが,桃太郎や浦島太郎やといったものが多かったので,とてもウケて,先生にもほめられて,いい気分になったのを覚えています.(この頃から,読むよりも聞く方が,アタマに入ってくるような気がしていましたが,それは今も変わっていません.)
時は下り,2004年10月,中越地震が発生しました.私は,被災地の1つである栃尾市(現,長岡市)で研究をすることにしたのですが,このとき,『栃尾市史』の1巻として,水沢謙一氏が市内で収集した「三枚のお札」だけを集めた資料集があることに気づいたのです.「三枚のお札」が大好きだった私は,それを1部買い求め,これを社会学的に処理することはできないかと考え始めました.
ピンときたのが,社会ネットワーク分析における情報伝播の理論です.昔話って,どうやって伝播するんだっけ? おばあちゃんたちが,孫に伝えていくという話は聞いたことがあるな.とすれば,地理的な分布と関連があるかもな.ということで,あとは,関心のある方は,本文を読んでみてください.

私としては,たとえば,文学研究者なら,こうはしなかっただろうな,と思えるものにしたいという気持ちがありました.結構うまくいったのではないかと思っています.
ただ,言語学(日本語学)の作法を知らないので,こういうコーディングの処理で納得してもらえるのかどうかについては,あまり自信がありません.だいたいこんなもんだろうという感じで処理をしてしまったところがあります.私は常にオープンマインドなつもりですので,何か問題があればご指摘いただけるとうれしいです.
すでに何年か前に,論文としては形になっていたのですが,粗削りなのはわかっているので,投稿論文にするのを躊躇しているうちに,年月が経ってしまいました.そのようなわけで,今回とりあえずこのような形で出すことにしました.楽しんでもらえればと思います.

14 4月

Sunbelt会議で発表することになりました

昨日連絡が来て,アブストラクトの審査の上,6月下旬,英国ブライトンで行われるSunbelt会議(社会ネットワーク分析の国際会議)で発表することになりました.
タイトルは,”Museum Visiting Networks: Differences in Visiting Patterns between Citizens and Visitors”,これを,”Networks in Arts and Cultural Organization”というセッションで口頭発表します.
ちょっと前にやった安曇野市の美術館・博物館利用調査の結果報告です.
Sunbeltは,2010年のイタリア以来かな.久しぶり.
楽しみたいと思います.
しかし,今年も資金がない.全て自分持ちかな.何とかしないと.

14 4月

官舎から賃貸マンションに引っ越しました

6年半住んだ官舎を引き払って,このほど民間の賃貸マンションに引っ越しました.

官舎は,とにかく寒い.主たる理由はこれだったといっても過言ではありません.
1階にあった部屋は,底冷えし,いくら暖を取ろうとしてもちっとも暖かくならず,風呂など入るのは苦痛でした.
ともかく,ひどい構造でした.
入居当時,しばらく人が住んでいなかったようではありましたが,天井はカビだらけ,北側の部屋の窓の下は夜露のためか畳が朽ち果てていました.その畳を入れ替えてもらったとき,作業の様子を見ていたら,畳の下の板も朽ちていました.これも取り替えるということになり板をはがしたら,何と下は5メートルくらいの空洞.さらに,壁にも断熱材が入っていないとのこと.これは寒いぞと覚悟を決めました.
台所の湯沸かしを自分で買わないといけないのもどうかと思いましたが,洗面所にはガスを取ることすらできず,水しか出ません.
退去時に,自分で据え付けたものは撤去するように言われるので,ウォッシュレットもありません.苦痛.用はなるべく職場で,と.
風呂場は北側にあり,換気扇がないので,夏も冬も風呂場を使った後は,窓を開け放たないといけません.それでも,しらないうちにカビてきます.
窓も1枚ガラスのみ.9月も終わりになると夜露に濡れるようになります.1年目こそ,結露しないようにいろいろと対策もしてみましたが,毎日のようにやるのは非常に手間.2年目からは,「もうしらん」ということで対応しなくなりました.
なぜ,寒冷地手当が出て,氷点下10度以下になることもある松本で,東京と同じような構造の官舎を建てるのか? 愚かとしか言いようがありません.

いろいろな因果で松本にやってきたので,当初は,こんなぼろ屋でも仕方ないと思っていましたが,そんな境遇にとても情けない思いをしました.
特に,冬場になると,寒い官舎に帰りたくなく,研究室でやれるだけの仕事はしてから深夜(未明)に帰るというような習慣が身についてしまいました.
2年半ほど前に自動車を買ってからは,ときどき温泉に行って,うちでは風呂を使わなくてよいようにするようになりました.
その頃から,妻となる人と付き合い始めましたが,夏も終わりくらいになると風呂に入るのを嫌がるようになりました.2年ほど前に結婚,その後すぐに彼女が留学に出て,大量の荷物を預かったので動けなかったのですが,彼女が帰ってきたのを契機に,自分も引っ越そうと決めました.

この賃貸マンションに決めたのは,2月初旬でした.2,3物件を見せてもらいましたが,ここを夕方に見に来たときに,玄関を入ると,ほんのり暖かかったのです.気密性がいいなと思いました.また,窓も二重窓になっていたりするなど,ちゃんと寒冷地対策がなされていると思いました.もっといろいろと見て回るつもりでしたが,即決.
妻の日本での引越がある程度終わったことから,私も引越をしました.

ここに来て3日ほどになります.まだ引越荷物が散乱していますが,快適です.
シャワーを浴びるのも,最初の一時を少し我慢すれば,すぐに温まります.
トイレもウォッシュレットだし.

確かに家賃は上がりましたが,QOLもあがりました.
妻も,ここなら冬場にも来てくれそうです.
これからは,夕方はなるべく早く帰ってきて,うちで仕事をする時間を作りたいと思います.

03 4月

アーカイブ化して再度公開するかどうか…

このウェブサイトをリニューアルしてから1月ほど経つ.2008年から7年ほど続けたわけだけど,2011年の頃のブログ記事をアーカイブとして再度アップするかどうか迷っている.
その後自分が震災にあまり関わらなくなってしまったので,妙な気恥ずかしさがある.どうしたものかな.

24 3月

妻が留学していた2年間を振り返って

3月18日(水)に,妻が2年間の留学を終えて帰国しました.
その週末は,とある結婚式に夫婦ともどもで参加する要件もありましたが,妻の新居での生活のために,走りまわりました.
月曜日に松本に帰ってきて,いくつか仕事をし,今ゆっくりしたところです.
ここで,2年間を振り返っておきたいと思います.

2013年の3月末,新婚旅行を兼ねて,LA経由で妻の留学先のコーネル大学のあるイサカに行きました.ソーシャル・セキュリティ・カードを取りに行ったり,携帯電話を契約したり,ディーラーに車を見に行ったり,数日の間に,私が必要だと思うことの優先順位が高いものから順番にこなしていきました.もちろん全てを見届けたわけではなく,ペーパードライバーだった妻を残して後ろ髪を引かれる思いで日本に帰ってきました.ひとりぼっちになって帰ってくる新婚旅行というのは,心配と悲しみとがないまぜになった何とも言えないものでした.ホテルの部屋のドアのところで,お互いに不安げに別れたときの妻の表情が忘れられません.
しかし,そのうち,妻が車を買って運転免許を取り,自由に移動できるようになる頃には,向こうの生活にも慣れてきたようだなと感じられました.それでも,向上心の強い妻は,帰国するまで英語に悩まされていました.もちろん,傍目から見ていると,この間に随分と上達したなと感じるのですが.また,最初はついていくのに精一杯だった授業も,次第に理解も早くなり,楽しそうでした.また,多くの友人知人に出会うことができ,彼女自身がホームパーティを主催するなど,適応力が高いなと感心しました.
この2年間,あちこち旅行をしました.13年夏は,再度イサカを訪問した後に,ナイヤガラの滝,トロント,モントリオール,ボストンなどを回りました.13年~14年の年末年始は,カリブ海クルーズへ.大型客船でのんびりとした旅を楽しみました.また,基点となるフロリダで,キー・ウェストやエバーグレーズなどにも行きました.14年の夏は,アメリカ社会学会のためサンフランシスコで落ち合い,学会終了後にスタンフォードを訪問し,ワイオミング州に飛んで,グランドティトンとイエローストーンの大自然を満喫しました.14年~15年の年末年始は,妻が最後の3ヶ月,拠点をイギリスのオックスフォード大学に移したため,パリとロンドンで観光とお買い物を楽しみました.これからは,こんなに頻繁には海外旅行はできないかと思いますが,せっかくの機会でもあるので,大いに楽しみました.年に2回ほどしか会えないのは寂しくもありましたが,会えるときくらいは贅沢をしました.
ふだんは,日々,ツイッター上で(DMも含めて)お互いの様子を伝え合っていました.私は,妻のツイートを見ながら,「ああ,今日はこんなことをしているんだな」などと思いながら過ごしていました.週末には,時間をあわせてスカイプをしました.90年代に自分が留学していた頃,電子メールはあったけれども,リアルタイムで海外での様子が分かったり,顔を見ながら話ができる(しかも無料)なんてのは,想像もつかないことでした.そのおかげで,寂しさも大いに緩和されたと思います.IT技術の発展は,われわれの関係の維持に大いに役だったと思います.
この2年間,私は研究資金にはあまり恵まれませんでしたが,妻が何を研究しているのか,どんな授業を受けているのかを伝え聞いて,ずいぶんと刺激を受けました.研究資金がないと,自前の調査をしたりするのは難しいですが,妻が向こうで学んでいる統計書を取り寄せて,少しずつ自分でかじったり,実証研究の話を聞いて,自分がいた頃のアメリカ社会との違いに想像をめぐらせたり,いろいろとできることもあるものです.また,もうすぐ科研の採択が発表される時期ですが,自分の留学経験などを活かしながらどういった研究を目指すべきかその方向性を考えたりする機会にもなりました.科研が採択されれば,そちらの方向に舵を切れるのですが.

2年が経ち,妻が帰国しました.妻の留学は,結婚式の後間もなくでした.自分が留学をして学位を取ったこともあって,留学することの素晴らしさは身をもって知っています.付き合いを始めた頃には妻の留学はすでに決まっていたこともあって,二人の愛を育みつつも,私が妨害したりすることなく妻には有意義な留学生活を送ってほしいと思い,サポートしようとしてきました.
妻が帰国し,これから結婚生活は第2ステージに移行するのだろうと思います.まだ松本と西宮という距離はありますが,これからの新しい生活をどのように作っていくかが,これからしばらくの二人の課題になります.